もう30年近く前になりますが
首の骨を折り、からだが不自由になって考えたことがあります。
”なんのために生きてるのか?”
ということを。
自分の存在を認められなくて。
当時は自分では何一つできず
すべてにおいて母に家族に頼らなければいけませんでした。
自分で何もできない歯がゆさ落ち込み。
もちろん誰しもそんなことが起こればショックを受けますが
身体を動かすことしか自信の無かった人間が
身体を動かすことができなくなる落ち込みは相当なものです。
生きてる意味を考えるのは当たり前のことでした。
しかし、そう問い続けることによって得たものは大きく
自分としっかりと向き合うことができ
今の自分につながったのだと思います。
怪我をしたことによって得たものはホント大きかったですねぇ。
そして今、同じ問いを自分にしています。
今回のは”なんのために個展をしているのか?”
ということから派生しての”なんのために生きてるのか?”という問い。
生きている今、何をしたいのか?
どんな自分でいたいのか?
どんな世界(内なる)をつくるのか?
そんなことが入ってる”なんのために生きてるのか?”
自分の存在を認めてからのその問いは
新しい自分をつくれそうでなんだか楽しいです。
何でもできそうに思えてきて(*^_^*)
まだある恐れを取りながらですが。
『なんのために生きてるのか?』
というのは自分を前に進ませる問いということがわかりました。
自分に対してのいい問いかけの言葉ですね。